月曜日に東京に帰ってきて火、水と練習なし。とにかく疲れている。
落車の打撲はかなり良くなってきているが、問題は擦過傷。関節部の傷は痛いし治りが悪い。仕事中に滲出液が垂れてくる。プラスモイストを張り替える日々。煩わしい、痛い、辛い。次のレースまで一ヶ月切っているから早く治さないと。
長時間にわたり攣っている状態で走り続けたので左足首と両大腿の筋肉痛がひどい。体重はレース以後1kg増えた。損傷した筋肉に水が集まっているためと思う。
とにかくおきなわのダメージによって身体はボロボロの状態。
ただ、今日になっていきなり身体が動くようになった。超回復?
3日間何もしていないのは身体に悪いのでローラーで心拍は上げておく。
CTL: 72 ATL: 62 TSB: 9
沖縄からOltreが戻ってきていないのでSHIV TTで。
L2、10分アップ
L5: 10分 273 W (4.93 W/kg) 87 rpm
TTポジションをキープしようとするも6分程度しか持続できなかった。徐々に慣らしていこう。後半はL5まで突っ込めたので調子は上がってきている感じ。回復途中だから無理せず10分で終了。
L4: 5分 262 W (4.72 W/kg) 87 rpm
5分レストの後ブルホーン部分持っておまけのFTP走。
土曜日は追い込んだ練習ができればいいな。
おきなわ終わって色々と振り返ってみると、悔しさが湧き上がってきた。要所でうまくいかなかった部分が多すぎる。やっぱり手放しでは喜べない結果ではある。
次に使う自転車が決まった。
体重: 55.4 kg
2015年11月12日木曜日
2015年11月8日日曜日
ツール・ド・おきなわ 2015 市民210km レースレポート
午前4時起床。目覚ましと同時に飛び起きて準備。来た来たこの日が!
皮膚に日焼け止めを、ビブショーツのパッドにシャモワクリームを目一杯塗り込む。エアロジャージなのでインナーは着ない。
朝食はどら焼き4つとバナナ一房。食物繊維が少なくローファットハイカーボのもの。受付でもらったメイタンのジェルもついでに飲んでおく。全部で1300kcalくらいかな。
補給食はハニースティンガーGOLD 8本を2つのフラスクに移して水で希釈したもの、スポーツようかんプラス10本、ウイダーインエネイドゼリー4本、2RUN5包。ドリンクはMag-Onを水で溶かしたものを750mLと550mLのボトルに。
5時過ぎに出発。15分くらいで駐車場へ。空気は前後8Barに調整して準備完了。機材詳細は別エントリで。
集合場所でサポートをしていただけるサトシンさんからアドバイスを頂きながら時間が来るのを待つ。本部半島は何でもないところで落車が起きるから注意。スタートしてしばらくは気が抜けないとのこと。
スタート位置は前方1/3くらいの場所に秋田さんと私、多田さんとHonda栃木の山西さんは先頭近く。
必達目標は100位以内、努力目標はリザルト1ページ目(50位以内)に載ること!
遂にスタート。レースデータ詳細はこれもまた別エントリで。
集団走行はいつものレースの通りにやればいい。ただし周囲の警戒はいつも以上に。ブレーキ!の掛け声やこの先狭くなるよ!の声が飛び交い独特の雰囲気。スピード的にはまったく辛くなく徐々にポジションを上げていく。
十分に注意しながら走行するがスタートから15km地点、本部港入り口の危険個所で大落車発生。右カーブの緩い下り坂の途中で幅員減少する地点。私のほぼ真ん前。たまらず右スペースに避けるがそのときのスピードが時速45km、止まれるはずもなく後ろにも突っ込まれ落車。右側に倒れたので右手掌で地面をついてそのままの勢いで一回転。「落車するときはブラケットから手を離さない」原則を瞬時に守り、左手でブラケットは握ったまま。しかし大きく遠心力がかかり左足のクリートが外れてたまらず手からバイクが離れる。左半身を強打。
落車を免れた選手は自転車を担いで先を急いでいく。動かない選手やスタートできない選手、何かを叫んでいる選手がいて阿鼻叫喚の地獄絵図。沿道のスタッフが慌てて駆け出す選手たちに「落ち着け!落ち着け!」と叫んでいる。
もうこれでおしまいか?今年はトラブルDNF続きでうんざりしていた。逆にその経験のおかげでかなり頭がクリアだ。こんな状況で溜息をついた。自分でも驚いた。至って冷静。
バイクは?
ブレーキ、タイヤ、ホイール、ハンドルOK。エンド折れてない。チェーンが外れた以外は問題なさそう。すっ飛んだボトルをとってチェーンをかけなおして出発。変速と身体は走りながら診ればいい。
停止時間は約40秒。高速で進行する時間帯でこれは致命的だ。下ハンもってスプリントに近い体勢で踏んでいった。集団からこぼれた選手や同じく落車した選手の後ろを渡りながら前に進んでいく。
浦崎の交差点を左折して美ら海水族館手前の坂で集団の最後尾に追いつく。
不幸中の幸い、変速は全く問題ない。左膝、左手甲から出血している。グローブがダメになった。骨は折れてない。復帰に脚を使ったこと、怪我したことは気にしないことにした。秋田さんと少し言葉を交わして心を落ち着かせる。
水族館過ぎてからのアップダウンで元の位置に戻る。それ以降はほぼサイクリングペースで進行。本格的な登りの前に補給をちょっとずつしながら。
58号線に入って海岸線を進行していく途中で山西さんを見つけ、しばらく後ろで走る。プロ選手の後ろなら安心。隣にスペースが空いた隙に上がって挨拶、登り前の位置取りなどアドバイスをもらう。
勝負どころの普久川の登りを前に位置取りの為集団が道いっぱいに広がっていく。山西選手のアドバイス通り右端から登りに入る。ただ少し後ろ過ぎた。登りが遅い選手を交わして走っていくのでスピードが乗らない。山西さんの背中が遠くになっていく。やばい!ギャップを誰も埋めにいかない。
落車の影響で左臀部が過緊張していて強く踏むと攣ったような感じになる。先頭集団の最後尾がカーブの先でちらちら見えるのに全く追いつけない。
ここで順位を左右する大きな決断を迫られた。このまま踏みまくって前に追いついてトップ集団からこぼれた少人数の選手とローテしながら行くか、無理せず第3集団(後で判明したことだが、トップ集団が割れて私が牽いていたのが第3集団だったらしい)で行くか。
辺戸岬の方は下見してないし、奥の登り、二回目の普久川が控えている以上人数が多い集団を選択した方がいい。なにより怪我しているし。順位は下げることになるが安全策を取って第3集団を選んだ。トップ集団からどんどん人が落ちてくるだろうから、そのうち集団の人数が増えてもっと楽ができるはず。前に追いつくのが正義なんだろうけど。
普久川の第一給水所で空になったボトルを1本捨て、補給。サトシンさんからもらうつもりだったが探してもいない。と思ったら見つけた。30秒差!と教えてくれた。OKサイン出してダウンヒル。
第3集団は20名ちょっとか。ローテーションしながらいくがうまく回らない。先頭を牽くときは速度維持するだけでいいのになぜかみんな激踏みする。牽き終わって減速するところをなぜかずっと踏み続けている。チーム所属選手ばかりなのに誰にも教わらなかったのか。そんなんじゃ脚終わっちゃうよ?今思い返せば、この時点で一緒だった選手のほとんどは最後まで残っていなかった。
左手はヤンバルの森、右手は広大な青い海、正面からは強烈な向かい風、人工物は道路だけ。人間が存在することが不思議になるくらい、恐怖すら覚えるくらい荘厳な風景が続く。
奥の登りはテンポでやりすごしたが、灼熱地獄。軽く脚が攣り始める。二回目の普久川の登りへ。みんな疲れてきたのかサイクリングペース。この速度で大丈夫かな?と不安になったけど逆に助かった。予想通りトップ集団から落ちてきた選手を吸収しながら進行。いつの間にか多田さんもいた。プロトンリーダーのような存在感。尊敬する。
普久川の登りをクリアして脚が本格的に攣り始める。ペダリングを崩さないように心がける。
トップから落ちてきた選手で集団は増えて40~50名程に。フリーダムの岩佐店長もいた。「トップ速すぎだろ。。。」とぼやいてた。ほどなく消えていった。
とりあえず、実力的にもこの集団なら安全に進行できそう。今更集団破壊する選手もいないし、無理して前方に上がる必要はない。国頭村~東村の激しいアップダウンを無理せずこなしていく。この間にできる限りの補給をとる。首や腕をさすると白く結晶化した塩分がジャリジャリ言っている。全部自分から出たものだ。
いよいよ厳しくなってきたのは慶佐次あたりの長めの登りが連続するところ。ここで集団がどんどん小さくなっていく。全身が痛い。大浦につくころには集団は20名ちょっとくらいまで減っている。後ろ見たら全然人がいない。このまま最後の羽地ダムの登りへ。見晴らしのいい橋に差し掛かった時にはすでに両太腿と左腰が攣っていて身体が完全に終了。とうとう集団から千切れる。
サトシンさんが橋の最後にいて応援してくれている!それを糧に精神力で回す。心は死んでいない。
ダムに近づくにつれ沿道の応援が増えていく。とにかく全身が痛い。最後のダウンヒルは、カーブで踏ん張ろうとする足首を攣ってしまうので安全第一で下る。前後に誰もいない、独走。
名護市街地に入り残り10km、ジャスコ坂は全身でペダリング。何度も言うが全身が痛い。苦痛から解放されるためだけに進む。
58号線を左に曲がって最終ストレート。沿道の歓声が大きくなっていく。300mあたりで「落車したのによく頑張った!」と叫んでくれた人がいた。こみあげてきた。
一つでも順位を上げたい!その一心で残り100mできる限り踏む。一人交わしてゴール。
・ツール・ド・おきなわ 2015 210km 66位 5時間59分19秒 +31分11秒 平均時速35.06km/h
生命力を問われるレースだった。
こんなにも苦痛に満ちているのに、毎年挑戦し続ける選手達の気持ちがよく分かった。それほどこの大会は格式が高く美しい。夢のような6時間。
また強くなって戦いに来よう。
サトシンさん、応援ありがとうございました!
(写真お借りします)
皮膚に日焼け止めを、ビブショーツのパッドにシャモワクリームを目一杯塗り込む。エアロジャージなのでインナーは着ない。
朝食はどら焼き4つとバナナ一房。食物繊維が少なくローファットハイカーボのもの。受付でもらったメイタンのジェルもついでに飲んでおく。全部で1300kcalくらいかな。
補給食はハニースティンガーGOLD 8本を2つのフラスクに移して水で希釈したもの、スポーツようかんプラス10本、ウイダーインエネイドゼリー4本、2RUN5包。ドリンクはMag-Onを水で溶かしたものを750mLと550mLのボトルに。
5時過ぎに出発。15分くらいで駐車場へ。空気は前後8Barに調整して準備完了。機材詳細は別エントリで。
集合場所でサポートをしていただけるサトシンさんからアドバイスを頂きながら時間が来るのを待つ。本部半島は何でもないところで落車が起きるから注意。スタートしてしばらくは気が抜けないとのこと。
スタート位置は前方1/3くらいの場所に秋田さんと私、多田さんとHonda栃木の山西さんは先頭近く。
必達目標は100位以内、努力目標はリザルト1ページ目(50位以内)に載ること!
遂にスタート。レースデータ詳細はこれもまた別エントリで。
集団走行はいつものレースの通りにやればいい。ただし周囲の警戒はいつも以上に。ブレーキ!の掛け声やこの先狭くなるよ!の声が飛び交い独特の雰囲気。スピード的にはまったく辛くなく徐々にポジションを上げていく。
十分に注意しながら走行するがスタートから15km地点、本部港入り口の危険個所で大落車発生。右カーブの緩い下り坂の途中で幅員減少する地点。私のほぼ真ん前。たまらず右スペースに避けるがそのときのスピードが時速45km、止まれるはずもなく後ろにも突っ込まれ落車。右側に倒れたので右手掌で地面をついてそのままの勢いで一回転。「落車するときはブラケットから手を離さない」原則を瞬時に守り、左手でブラケットは握ったまま。しかし大きく遠心力がかかり左足のクリートが外れてたまらず手からバイクが離れる。左半身を強打。
落車を免れた選手は自転車を担いで先を急いでいく。動かない選手やスタートできない選手、何かを叫んでいる選手がいて阿鼻叫喚の地獄絵図。沿道のスタッフが慌てて駆け出す選手たちに「落ち着け!落ち着け!」と叫んでいる。
もうこれでおしまいか?今年はトラブルDNF続きでうんざりしていた。逆にその経験のおかげでかなり頭がクリアだ。こんな状況で溜息をついた。自分でも驚いた。至って冷静。
バイクは?
ブレーキ、タイヤ、ホイール、ハンドルOK。エンド折れてない。チェーンが外れた以外は問題なさそう。すっ飛んだボトルをとってチェーンをかけなおして出発。変速と身体は走りながら診ればいい。
停止時間は約40秒。高速で進行する時間帯でこれは致命的だ。下ハンもってスプリントに近い体勢で踏んでいった。集団からこぼれた選手や同じく落車した選手の後ろを渡りながら前に進んでいく。
浦崎の交差点を左折して美ら海水族館手前の坂で集団の最後尾に追いつく。
不幸中の幸い、変速は全く問題ない。左膝、左手甲から出血している。グローブがダメになった。骨は折れてない。復帰に脚を使ったこと、怪我したことは気にしないことにした。秋田さんと少し言葉を交わして心を落ち着かせる。
水族館過ぎてからのアップダウンで元の位置に戻る。それ以降はほぼサイクリングペースで進行。本格的な登りの前に補給をちょっとずつしながら。
58号線に入って海岸線を進行していく途中で山西さんを見つけ、しばらく後ろで走る。プロ選手の後ろなら安心。隣にスペースが空いた隙に上がって挨拶、登り前の位置取りなどアドバイスをもらう。
勝負どころの普久川の登りを前に位置取りの為集団が道いっぱいに広がっていく。山西選手のアドバイス通り右端から登りに入る。ただ少し後ろ過ぎた。登りが遅い選手を交わして走っていくのでスピードが乗らない。山西さんの背中が遠くになっていく。やばい!ギャップを誰も埋めにいかない。
落車の影響で左臀部が過緊張していて強く踏むと攣ったような感じになる。先頭集団の最後尾がカーブの先でちらちら見えるのに全く追いつけない。
ここで順位を左右する大きな決断を迫られた。このまま踏みまくって前に追いついてトップ集団からこぼれた少人数の選手とローテしながら行くか、無理せず第3集団(後で判明したことだが、トップ集団が割れて私が牽いていたのが第3集団だったらしい)で行くか。
辺戸岬の方は下見してないし、奥の登り、二回目の普久川が控えている以上人数が多い集団を選択した方がいい。なにより怪我しているし。順位は下げることになるが安全策を取って第3集団を選んだ。トップ集団からどんどん人が落ちてくるだろうから、そのうち集団の人数が増えてもっと楽ができるはず。前に追いつくのが正義なんだろうけど。
普久川の第一給水所で空になったボトルを1本捨て、補給。サトシンさんからもらうつもりだったが探してもいない。と思ったら見つけた。30秒差!と教えてくれた。OKサイン出してダウンヒル。
第3集団は20名ちょっとか。ローテーションしながらいくがうまく回らない。先頭を牽くときは速度維持するだけでいいのになぜかみんな激踏みする。牽き終わって減速するところをなぜかずっと踏み続けている。チーム所属選手ばかりなのに誰にも教わらなかったのか。そんなんじゃ脚終わっちゃうよ?今思い返せば、この時点で一緒だった選手のほとんどは最後まで残っていなかった。
左手はヤンバルの森、右手は広大な青い海、正面からは強烈な向かい風、人工物は道路だけ。人間が存在することが不思議になるくらい、恐怖すら覚えるくらい荘厳な風景が続く。
奥の登りはテンポでやりすごしたが、灼熱地獄。軽く脚が攣り始める。二回目の普久川の登りへ。みんな疲れてきたのかサイクリングペース。この速度で大丈夫かな?と不安になったけど逆に助かった。予想通りトップ集団から落ちてきた選手を吸収しながら進行。いつの間にか多田さんもいた。プロトンリーダーのような存在感。尊敬する。
普久川の登りをクリアして脚が本格的に攣り始める。ペダリングを崩さないように心がける。
トップから落ちてきた選手で集団は増えて40~50名程に。フリーダムの岩佐店長もいた。「トップ速すぎだろ。。。」とぼやいてた。ほどなく消えていった。
とりあえず、実力的にもこの集団なら安全に進行できそう。今更集団破壊する選手もいないし、無理して前方に上がる必要はない。国頭村~東村の激しいアップダウンを無理せずこなしていく。この間にできる限りの補給をとる。首や腕をさすると白く結晶化した塩分がジャリジャリ言っている。全部自分から出たものだ。
いよいよ厳しくなってきたのは慶佐次あたりの長めの登りが連続するところ。ここで集団がどんどん小さくなっていく。全身が痛い。大浦につくころには集団は20名ちょっとくらいまで減っている。後ろ見たら全然人がいない。このまま最後の羽地ダムの登りへ。見晴らしのいい橋に差し掛かった時にはすでに両太腿と左腰が攣っていて身体が完全に終了。とうとう集団から千切れる。
サトシンさんが橋の最後にいて応援してくれている!それを糧に精神力で回す。心は死んでいない。
ダムに近づくにつれ沿道の応援が増えていく。とにかく全身が痛い。最後のダウンヒルは、カーブで踏ん張ろうとする足首を攣ってしまうので安全第一で下る。前後に誰もいない、独走。
名護市街地に入り残り10km、ジャスコ坂は全身でペダリング。何度も言うが全身が痛い。苦痛から解放されるためだけに進む。
58号線を左に曲がって最終ストレート。沿道の歓声が大きくなっていく。300mあたりで「落車したのによく頑張った!」と叫んでくれた人がいた。こみあげてきた。
一つでも順位を上げたい!その一心で残り100mできる限り踏む。一人交わしてゴール。
・ツール・ド・おきなわ 2015 210km 66位 5時間59分19秒 +31分11秒 平均時速35.06km/h
生命力を問われるレースだった。
こんなにも苦痛に満ちているのに、毎年挑戦し続ける選手達の気持ちがよく分かった。それほどこの大会は格式が高く美しい。夢のような6時間。
また強くなって戦いに来よう。
サトシンさん、応援ありがとうございました!
(写真お借りします)
2015年11月7日土曜日
沖縄入り2日目 レース前日
午前5時30分自然起床。外は真っ暗でまだ夜中かと思った。
父親の運転で名護市へ移動。今回は父親が付いてきたいというので、最初から最後まで荷物持ちやら運転やらサポート役をやってもらった。もちろん同じ宿に泊まる。この歳で自分の趣味に親が同伴するというのはなんとも奇妙笑
受付時間よりも早く会場についてしまったので、コースの一部を車で回ることに。
本部町~今帰仁村はカットして58号線を海岸線沿いに国頭村方面へ。勝負を分ける普久川ダムの登りを見ておくのが目的。
入り口がクランクになっていて危険。オフィシャルの危険個所にも挙がっていた。ここまでの位置取りが重要そうだ。
基本的に勾配きつくなく、登りと緩斜面が交互に続く。緩急のついたプロファイルの為、純粋なヒルクライムというよりパワーで押し切る走り方になりそう。ここで集団が破壊される理由がわかった。
登りを超えて辺戸岬の方には寄らず、県道70号線を太平洋側の海岸線を伝って東村方面へ。
この日の気温は30℃近い。南向きで日光が容赦なく降り注ぐショートヒルクライムが連続する厳しい道が大浦湾まで延々と続く。助手席に座ってるだけで息が上がり脚が攣りそうだ。暑熱訓化の為、冷房はつけない。なるべく汗をかいておく。
羽地ダムの登りは、ここまで来たら両脚攣って精神力で走るだけだろうな。ゴール近いしなんとかなるだろ。
父は言った。「車で走るのでも疲れるのに、自転車でって、正気の沙汰じゃないぞ!」
私もそう思う。自転車レースの厳しさが伝わったようだ。
名護に到着。会場で受付をして漁港の食堂で昼食をとった。
アマチュアがオフィシャルのサポートを受けられる数少ないレース。本大会の格式の高さ、厳しさを表している。お世話になりたくないけどね。Campagnoloだし。
サトシンさんから近くにいるよ、との連絡を頂き、会場へ戻って挨拶。やはりこの暑さは例年にはない模様。脚攣り対策、落車等の注意点とエールを頂き別れた。
コースを下見している間は滅茶苦茶不安だったけど、独りじゃないんだと勇気がわいてきた。
近くのMaxValueで夕食と明日の朝食を買って宿へ。宿は恩納村、ブセナテラスの近くのコンドミニアム。
20畳くらいかな、滅茶苦茶広くて簡素。まあ、旅行に来たわけじゃないから宿のクオリティとかどうでもいいけど。
夕食から戦いは始まっている。
無脂肪乳にフルグラをつっこみ頂く。もちろん一袋分。前日の夜に食物繊維を大量に摂っておけばレース前にスムーズな軽量化ができる。フルグラはローファット、ハイカーボで高カロリーを摂取できる。そして美味しい。ここで肉類や油っぽいものを摂るとレース終わるまで排出されない可能性が高い。これにバナナ一房。約1600kcalくらい。夕食から水にMag-Onを溶かして飲む。沖縄に来てから発汗量は上がっているから前日から無機類の補給をしておく必要がある。
やたらと大きいゼッケンをつけて準備完了。
あとは楽しむだけ。
父親の運転で名護市へ移動。今回は父親が付いてきたいというので、最初から最後まで荷物持ちやら運転やらサポート役をやってもらった。もちろん同じ宿に泊まる。この歳で自分の趣味に親が同伴するというのはなんとも奇妙笑
受付時間よりも早く会場についてしまったので、コースの一部を車で回ることに。
本部町~今帰仁村はカットして58号線を海岸線沿いに国頭村方面へ。勝負を分ける普久川ダムの登りを見ておくのが目的。
入り口がクランクになっていて危険。オフィシャルの危険個所にも挙がっていた。ここまでの位置取りが重要そうだ。
基本的に勾配きつくなく、登りと緩斜面が交互に続く。緩急のついたプロファイルの為、純粋なヒルクライムというよりパワーで押し切る走り方になりそう。ここで集団が破壊される理由がわかった。
登りを超えて辺戸岬の方には寄らず、県道70号線を太平洋側の海岸線を伝って東村方面へ。
この日の気温は30℃近い。南向きで日光が容赦なく降り注ぐショートヒルクライムが連続する厳しい道が大浦湾まで延々と続く。助手席に座ってるだけで息が上がり脚が攣りそうだ。暑熱訓化の為、冷房はつけない。なるべく汗をかいておく。
羽地ダムの登りは、ここまで来たら両脚攣って精神力で走るだけだろうな。ゴール近いしなんとかなるだろ。
父は言った。「車で走るのでも疲れるのに、自転車でって、正気の沙汰じゃないぞ!」
私もそう思う。自転車レースの厳しさが伝わったようだ。
名護に到着。会場で受付をして漁港の食堂で昼食をとった。
アマチュアがオフィシャルのサポートを受けられる数少ないレース。本大会の格式の高さ、厳しさを表している。お世話になりたくないけどね。Campagnoloだし。
サトシンさんから近くにいるよ、との連絡を頂き、会場へ戻って挨拶。やはりこの暑さは例年にはない模様。脚攣り対策、落車等の注意点とエールを頂き別れた。
コースを下見している間は滅茶苦茶不安だったけど、独りじゃないんだと勇気がわいてきた。
近くのMaxValueで夕食と明日の朝食を買って宿へ。宿は恩納村、ブセナテラスの近くのコンドミニアム。
20畳くらいかな、滅茶苦茶広くて簡素。まあ、旅行に来たわけじゃないから宿のクオリティとかどうでもいいけど。
夕食から戦いは始まっている。
無脂肪乳にフルグラをつっこみ頂く。もちろん一袋分。前日の夜に食物繊維を大量に摂っておけばレース前にスムーズな軽量化ができる。フルグラはローファット、ハイカーボで高カロリーを摂取できる。そして美味しい。ここで肉類や油っぽいものを摂るとレース終わるまで排出されない可能性が高い。これにバナナ一房。約1600kcalくらい。夕食から水にMag-Onを溶かして飲む。沖縄に来てから発汗量は上がっているから前日から無機類の補給をしておく必要がある。
やたらと大きいゼッケンをつけて準備完了。
あとは楽しむだけ。
2015年11月6日金曜日
沖縄入り1日目 サイクリング 46分 416kJ TSS47
2015年11月5日木曜日
3本ローラー 40分 521kJ TSS54
水曜日は練習なし。救急救命講習で胸骨圧迫を一生懸命やったおかげで腕がだるい。レース中に意識不明の選手が出ても対応出来るぞ。
今日は休みとって沖縄出発前の準備。着るものや補給食等は事前に沖縄の実家に送ってあるから自転車を持っていくだけ。
SciconのAerocomfort Plusを使う人が多いと思うけど、私のバイクケースはALERO CB-1。Light WeightとShamal Milleとヘルメットが入った。すごい。
ロゴデザインがイマイチw
輪行は初めてなので色々と不安…。空港までついてしまえばどうということはないんだけど、電車の乗り換えとか階段とか面倒だなあ。
準備の合間を縫ってローラー。
CTL: 74 ATL: 76 TSB: -4
L2、12分アップ
L4: 20分 270 W (5.02 W/kg) 84 rpm
これでやれることはやった。
金曜日は那覇空港から南城市の家までサイクリングして機材チェック。土曜日は名護へ移動、受付。日曜日はレース本番。
少し緊張してきた。
体重: 53.9 kg
今日は休みとって沖縄出発前の準備。着るものや補給食等は事前に沖縄の実家に送ってあるから自転車を持っていくだけ。
SciconのAerocomfort Plusを使う人が多いと思うけど、私のバイクケースはALERO CB-1。Light WeightとShamal Milleとヘルメットが入った。すごい。
ロゴデザインがイマイチw
輪行は初めてなので色々と不安…。空港までついてしまえばどうということはないんだけど、電車の乗り換えとか階段とか面倒だなあ。
準備の合間を縫ってローラー。
CTL: 74 ATL: 76 TSB: -4
L2、12分アップ
L4: 20分 270 W (5.02 W/kg) 84 rpm
これでやれることはやった。
金曜日は那覇空港から南城市の家までサイクリングして機材チェック。土曜日は名護へ移動、受付。日曜日はレース本番。
少し緊張してきた。
体重: 53.9 kg
2015年11月3日火曜日
朝皇居周回 + 夜3本ローラー 33分 計1868kJ TSS215
7時半頃起きて9時前に出発。ロングライド日和だけど、長距離で疲れを溜めたくないので皇居周回。近場だし気楽。
CTL: 76 ATL: 88 TSB: 0
・ 皇居周回 1時間56分 215W NP257W 1519kJ TSS189
LAP1: 8分44秒 252 W (NP280 W) 86 rpm
LAP2: 8分44秒 267 W (NP282 W) 88 rpm
LAP3: 8分42秒 240 W (NP271 W) 89 rpm
LAP4: 9分00秒 226 W (NP254 W) 89 rpm
LAP5: 8分42秒 227 W (NP252 W) 88 rpm
LAP6: 9分22秒 208 W (NP250 W) 84 rpm
LAP7: 8分53秒 229 W (NP254 W) 87 rpm
LAP8: 9分11秒 205 W (NP242 W) 88 rpm
LAP9: 8分42秒 245 W (NP274 W) 90 rpm
LAP10: 8分37秒 241 W (NP266 W) 89 rpm
体重はこのまま維持の方針。カーボローディングして55kg前後を目安に。ヒルクライムレースではないし、多少増えてもレース中に減っていくし細かいことは気にしない。それよりも体調を万全にしておくべき。減量が過ぎて風邪引いてしまっては元も子もない。
ベスト体重は未だにわからん。
CTL: 76 ATL: 88 TSB: 0
・ 皇居周回 1時間56分 215W NP257W 1519kJ TSS189
LAP1: 8分44秒 252 W (NP280 W) 86 rpm
LAP2: 8分44秒 267 W (NP282 W) 88 rpm
LAP3: 8分42秒 240 W (NP271 W) 89 rpm
LAP4: 9分00秒 226 W (NP254 W) 89 rpm
LAP5: 8分42秒 227 W (NP252 W) 88 rpm
LAP6: 9分22秒 208 W (NP250 W) 84 rpm
LAP7: 8分53秒 229 W (NP254 W) 87 rpm
LAP8: 9分11秒 205 W (NP242 W) 88 rpm
LAP9: 8分42秒 245 W (NP274 W) 90 rpm
LAP10: 8分37秒 241 W (NP266 W) 89 rpm
周回のみで1時間20分、225W NP260W。そこそこ頑張った方。
内堀通りは向かい風。見晴らしがいい分非常に辛かった。
内堀通りは向かい風。見晴らしがいい分非常に辛かった。
中盤は後ろについてきたTTバイクの人がちょくちょく前に出てきたことでパワーが上げられなかった。千切っちゃえばいいんだけど信号で追いついてきちゃうし。周回練習の難しいところ。
ボトルの中身が無くなって終了。
帰って昼寝しておきなわで使うタイヤ準備したりして夕飯。
・ 夜ローラー 33分 349kJ TSS26
脂肪燃焼のため夕飯後ローラー。バイクはSHIV TT。流しのみ。
体重はこのまま維持の方針。カーボローディングして55kg前後を目安に。ヒルクライムレースではないし、多少増えてもレース中に減っていくし細かいことは気にしない。それよりも体調を万全にしておくべき。減量が過ぎて風邪引いてしまっては元も子もない。
ベスト体重は未だにわからん。
体重: 54.6 kg
2015年11月1日日曜日
3本ローラー 1時間2分 666kJ TSS49
160km程度の走行距離では疲労しなくなってきた。
CTL: 75 ATL: 84 TSB: -13
とはいえ無理せず流しのみ。
10月の走行記録は1041km、25077kJ。こんなもんか、もっと走った気がするけど。
体重: 54.2 kg
CTL: 75 ATL: 84 TSB: -13
とはいえ無理せず流しのみ。
10月の走行記録は1041km、25077kJ。こんなもんか、もっと走った気がするけど。
体重: 54.2 kg
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